ピープル店主の読書日記

加藤典洋『大きな字で書くこと/僕の一〇〇〇と一つの夜』

正方形の判型に大きな字で書かれた単行本を愛読していたので、文庫化には驚いた。どうやって構成してあるのかなと手に取ると、まあ普通の文字組。でも、著者の書く言葉がみずみずしいからか、全くストレスを感じさせない。父や友人との記憶をひもといて、重要なやり取りや些細な出来事が記された連作をおいしい水を飲むように読んでいく。

「何だか、小学生の頃は、大きく字を書いていた。それがだんだん、年を重ねるつれて、小さな字で難しいことを書くようになってしまった。鍋のなかのものが、煮詰まってきた、このあたりで、もういちど「大きな字で」、つまりはシンプルに、ものごととつきあってみたい、と思ったのである。」(「入院して考えたこと」)

文庫化で嬉しいのは信濃毎日新聞で連載していた「水たまりの大きさで」と没後に私家版として刊行された詩集「僕の一〇〇〇と一つの夜」が併録されたこと。表題の文章群を捕捉してくれる内容もあり、じっくりと味わっていった。

最終パートの詩は、成田空港の搭乗手続き待ちの時間に読んだ。人はいるのに不思議な静けさに包まれた第一ターミナル。目の前の時間を忘れて、言葉の連なりが生む、穏やかな時の流れに身を任せた。荒川洋治による解説も、心のこもった名文だ。

「ああ、加藤さんは詩を書いている。いつもの姿勢で、書いている。そう思って、ぼくはとても安らいだ気持ちになるのだ。」(「解説」)